Future I Want – 感情豊かな社会

ここ数日、デンマークのBespoke社によるFutures Designのワークショップの通訳をしていました。

直線的なものの見方から未来を捉えるのではなく、さまざまなシグナルから未来の予兆を捉え、クリエイティブに未来予想図を描いていく。拡張と収束によるダブル・ダイヤモンドの思考法、情報のサーチと意味づけ、未来展望の奥ゆきに触れてゆくこと。

それらのプロセスに触れながら、ずっと、求める未来の姿とはどんなものなのだろうと、考えていました。”何が起こって欲しいか”ではなく、”どのように在りたいか”という意味において。

私は”ひとのこころ”に関わる仕事をしていますが、求める未来の人の在り方とは、例えば、皆がこころ穏やかでにこにこ笑っている社会なのだろうか。

その問いを置くと、必ずしもそうではない、という反応がこころの中に起こります。

それはどういうことだろう。

問い続けた結果、”感情豊かな社会”という言葉がこころに浮かびました。

感情とは、受けとることでもあり、表現することでもあり、生命エネルギーの自然な循環そのものを表しているような気がします。

悔しがったり、怒ってみたり、ものすごく落ち込んだりすることも含めてー感情が抑圧されその生命のエネルギーが停滞するような状態が長く続かないこと。自然の流れに沿って感情のエネルギーが”動きだす”スペースがあること。

そのように感情に居場所が与えられ、自然に浄化が起こるような空気の流れる空間に憧れます。

感情豊かな社会は、きっと、レジリエンス(回復力)も高い、生命の力がみなぎる社会。

その社会をつくるために、自分ができることとは何か。

そう尋ねてみたら、”十分に悲しむことのできるスペースを自分に与えてあげること”という言葉が、こころに浮かびました。

コミュニケーションやこころのことを伝える仕事をしていても、こころを傷つけたり、傷つけてしまうことは、まだまだたくさんあります。しばらくたってからその痛みの大きさをようやく自覚できるようになるといったことも。そういう時、誠実さと想像を持って私にできる大事な仕事は”感じる力を閉じないでいること”だと思うのです。


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