悲しみたがる身体

8月15日がやってくる。

この日はいつも、身体なのか、細胞なのか、魂なのかわからない”何か”が、深い哀しみのことを思い起こそうとしているみたい。

深い哀しみとは、いつの間にか何者かによって時間を抜きとられてしまうこと。

喪失のような、もしかしたら手が届いたかもしれないような。

確かに”希望”が発芽しようとしているけれど、その言葉はもう、使いたくもないような。

 


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